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鎮魂と再生のために

これは福島県立博物館館長の赤坂憲雄さんの「復興構想会議2011.4.30発表メモの一部です。

「千数百年前の、ヤマト王権による「蝦夷征討」以来、東北は辺境=みちのくとしての負の歴史を背負わされてきた。

近代のはじまりの戊辰戦争においても、奥羽越列藩同盟を結んで戦い、敗北した。

東北はそうして、敗者の精神史に縛られ、喘いできた。

敗戦にいたるまで、東北における国家的な開発プロジェクトはたったひとつ、明治十年代の野蒜築港であり、それは台風の高潮によって挫折を強いられた。

しばしば自嘲のごとくに、戦前の東北は、東京への貢物として『男は兵隊、女は女郎、百姓は米』を差し出してきた、と語られる。

そんな東北はもはや過去のものだ、東北は十分に豊かになった、と感じ始めていた。

錯覚であった、大震災がそれをむき出しにした。

戦後の東北は、電気と部品と食料を東京への貢物としていたのである。

東北の豊かさは、なんと危うい構造のうえに築かれているのか。」

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